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大山元帥夫人の風評被害

2011/10/14 13:50

 

大山元帥夫人の風評被害
平井修一

 

徳富蘆花の「不如帰」(ほととぎす)は明治31~32年、国民新聞に連載され、直後に単行本化、42年には100版を数えるという空前のベストセラーとなり、満都の婦女子の紅涙を誘った。

 

ストーリーは改めて言うまでもなく「浪子」と「武男」の悲恋で、新婚間もなく結核を患った浪子は、夫の海軍軍人の武男が演習航海中に姑により、生木を裂くような形で実家に戻されて、哀しみの中で儚くなってしまうというもの。

 

勉強不足で、この作品は完全な創作と思っていたが、実話が元になっていると蘆花が書いている。

 

蘆花夫妻は明治30年の夏、神奈川県の海浜保養地、逗子の旅館で避暑をしていたが、病後の保養で子供を連れた婦人がどこの宿も満室で途方に暮れているのを見かね、八畳二間のうちの一間を用立てた。

 

セシウムやベクレルで“福島いじめ”をする馬鹿とは大違いだ。

 

蘆花は簾(すだれ)をはさんで一月ほど同居しているうちに、この婦人が語ったのが「浪子」の悲話だった。

 

<婦人は間もなく健康になって、かの一夕の談(はなし)を置き土産に都に帰られた。逗子の秋は寂しくなる。話の印象はいつまでも消えない。朝な夕な波は哀音を送ってショウシツたる(秋風の寂しく吹く様)秋光の浜に立てば、影なき人(浪さん)の姿がつい眼前に現れる。

 

可哀想は過ぎて苦痛になった。どうにかしなければならなくなった。そこで話の骨に勝手な肉をつけて一編未熟な小説を起草し、云々>(「第百版不如帰の巻首に」)

 

明治時代は離婚がとても多かった。女権なんてないに等しい頃だから江戸時代並の“三行半”の離縁状で婚家を追い出されるケースは珍しくなかったろう。蘆花は女性に同情するフェミニストだったようで、愛子夫人が昭和13年に「岩波文庫『不如帰』あとがき」でこう書いている。

 

<蘆花が二十一歳、故郷熊本英学校に教鞭をとっていたころ・・・雑誌に「女」に対する同情の一文を載せたことがある。

 

「婦人の心は悲哀の庫(くら)なり、苦痛の家なり。かれあえてその哀(かなしみ)を告げず・・・されどもその心中に深く隠れたる悲哀の念・・・これを汲んで共に泣くものは、それ誰ぞ」

 

後十年、彼三十一歳、たまたま「浪子」の物語をものして、昔自分が書いた右の文に彼は答えているといえよう。彼の胸にわだかまる情懐のレコードを、針となって、涙の曲を奏でさしたのが即ち「浪さん」であった>

 

優しいのだ。

 

「浪さん」のモデルは明治の大元帥、大山巌(南洲翁の従弟、日清・日露の戦勝に貢献)の令嬢、信子(長女)だった。人の口に戸は立てられないから、奉公人の下男下女、出入り商人などからも「浪子」の悲劇は世間に広まる。「不如帰」はそれを図らずも煽ったのだが、愛子夫人は「後来聞知した実話の、あまりに小説に符合する点の多いのに、私は驚いた」という。

 

しかし、モデルとされた人々はたまったものではない。

 

最大の被害者は大山巌の後妻、捨松(すてまつ、旧姓山川さき、のち咲子)だ。津田梅子とともに明治政府の最初の米国留学女学生である。

 

<この先10年という長い歳月を見ず知らずの異国で過ごすことになる娘を、母のえんが「娘のことは一度捨てたと思って帰国を待つ(松)のみ」という思いから「捨松」と改名させた>(ウィキ

 

作品の中で悪者、「非情冷徹な継母」とされてしまった。

 

<それが捨松の実像と信じた読者の中には彼女に嫌悪感を抱く者が多く、誹謗中傷の言葉を連ねた匿名の投書を受け取ることすらあった。捨松は晩年までそうした風評に悩んでいたという。

 

実際は小説とはまったく逆で、信子の発病後、離縁を一方的に申し入れてきたのは夫の三島彌太郎とその母で、悩む捨松を見るに見かねた津田梅子は三島家に乗り込んで姑に猛抗議している。

 

看護婦の資格を活かし親身になって信子の看護をしたのも捨松自身で、巌が日清戦争の戦地から戻ると、信子の小康を見計らって親子三人水入らずで関西旅行までしている。

 

捨松は巌の連れ子たちからも「ママちゃん」と呼ばれて慕われていた。家庭は円満で、実際には絵に描いたような良妻賢母だったという。

 

しかし蘆花からこの件に関して公に謝罪があったのは、「不如帰」上梓から実に19年を経た大正8(1919)年、捨松が急逝する直前のことだった。雑誌「婦人世界」で盧花は「『不如帰』の小説は姑と継母を悪者にしなければ人の涙をそそることができぬから誇張して書いてある」と認めた上で、捨松に対しては「お気の毒にたえない」と遅きに失した詫びを入れている>(ウィキ

 

女性に同情的なはずの蘆花にしてはあんまりだ。「あれはあくまで創作で実話そのものではない」ということなのだろうが、20年間も風評被害で悩まされた大山夫人はとんでもない災難に遭ったものである。

 

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