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「死に紙」新聞の「おためごかし」

2010/02/09 22:44

 

「死に紙」新聞の「おためごかし」
平井修一

 

犬っころと散歩していたら朝日新聞の販売店ASAがワゴン車で古紙を回収していた。車内を覗いてみたら、奥のほうに結束されたままの古紙がごっそり積んであった。ははん、これが「押し紙」ね。購読者への実売部数以上に販売店が仕入れを強要された、リサイクル直送の新聞紙「死に紙」である。

 

多くの国民は新聞社の発表する部数が実売部数でなく、販売店への「押し紙」を含めた水増し部数であることを知っている。ABC公査の数字が単なる水増し部数であり、水増しではあれ新聞社にとっては「販売部数」だから、これをもとに広告代金やチラシ折込料を設定しているのである。

 

テレビが「視聴率至上主義」なら、新聞は「販売部数至上主義」で、経営の根幹に関わるから、拡販戦争は依然として熾烈だ。きれいごとではない。

 

新聞は独禁法の適用を免れて定価販売が認められている。実際は「3か月分をただにしますから1年契約に判を押してください、おまけにビール券、洗剤をつけます」などと「押し紙」を利用した値引き販売が行われているのは周知の事実だ。

 

これを規制するためだろう、独禁法では事業者が「不公正な取引方法」で売買することを禁じ、「新聞特殊指定」として次の行為を禁止している(新聞労連による)。

 

1)新聞発行本社が地域又は相手方により多様な定価・価格設定を行う(学校教育教材用などは例外)

 

2)販売店が地域又は相手方により値引き行為を行う

 

3)新聞発行本社による販売店への押し紙行為

 

テーブルの上では建て前上の定価販売、その下では「新聞特殊指定」なんてどこ吹く風と「仁義なき戦い」が繰り広げられているのは、毎年のように「販売正常化」が叫ばれていることからも分かる。

 

新聞労連によれば「新聞契約トラブル110番」(2007年)への相談では、高齢者を狙った非常識な契約が目立ったという。例えば――

 

<3年間のうち1年間無料にするからと勧誘を受け、断ったがビール券を渡され名前だけ書くよう言われて、仕方なくサインした。その後2回ほど電話で解約を申し入れたが「契約したのだからやめられない」と言われた。(85歳女性)>

 

中には認知症につけこんで10年契約!、21年契約!という異常な契約もあったというから、「インテリが作ってヤクザが売る」というのは販売現場の一面を捉えているだろう。

 

業界には「公正競争規約」もあるが、「新聞特殊指定」と同様に守られているのかは疑問だ。それならいっそのこと再販制度廃止を含めて規制緩和、競争自由化を進めてはどうかという声もあるが、そうなると「一気に乱売合戦になるから嫌だ」と業界では労使ともども反対している。

 

乱売で体力が疲弊して「戸別配達制度が崩壊する」などと労使の危機意識は強い。

 

<多くの新聞が生き残りを懸けて値下げ競争に陥り、これまで通りの紙面を維持が困難となる。特殊指定廃止で最終的に「戸別配達」は崩壊することが予想されるが、その前に「乱売合戦」が起こる。

 

この乱売合戦で新聞が読者の信頼を失う。新聞が危機的状況と言われているのに、購読料をめぐる混乱が加われば新聞そのものがマスメディアから脱落するのは必至。

 

言論機関としての新聞が立ち行かなくなり、危機にさらされるのは「知る権利」「表現の自由」、さらに「民主主義」。最終的に困るのは国民である>(新聞労連)

 

地方紙、ブロック紙、全国紙合わせて100紙ほどが、裏ではともかく表では共存しているのだから、「これ以上の競争は勘弁してくれ」という。

 

2005年11月の「週刊ダイヤモンド」によれば新聞社の社員の年収は朝日1358万(42.3歳)、日経1282万(41.0歳)、西日本1038万(42.8歳)。読売の初任給は年収426万(04年)だそうだ。下を見ればキリがないが、まあ恵まれているほうだろう。

 

乱売で売上減や賃金カットになっては大変だから労使ともども「規制緩和、自由化大反対」だ。

 

「最終的に困るのは国民」などと言うが、よせやい、M&Aなどで100紙が半減したところで、そもそもが共同通信の口移し、「口パクパク」の容共左派の論調ばかりだから国民は痛痒を感じまい。琉球新報と沖縄タイムズの違いはない。バカとアホウ、赤と紅の差でしかない。一緒になれば記者も半減、さぞ効率が上がろうよ。

 

「規制緩和、自由化大反対」はただの保身だ。国民のためだなんて「おためごかし」はやめてくれ。
 

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ドラエモンの焼酎ダイエット

2010/02/09 22:12

 

ドラエモンの焼酎ダイエット
平井修一

 

カミサンが100回目のダイエットを始めた。鏡餅のような体型になってしまったから、今回は真剣である。仕事帰りには最低30分を歩くという。

 

メタボの最大の原因はビールだろう。350mlを毎晩最低3本、10年間飲んでいたから典型的なビール腹になるのは避けられない。小生も「とっても大好きドラエモン」と笑っていられなくなった。

 

カミサンがオフの今日、「ウォーキングを付き合って」というので多摩丘陵の生田緑地へ行ってきた。休憩時間を入れて一周1時間半のフルコースを久々に歩いた。

 

小生は犬の散歩を終えた後だし、生田緑地までの15分の自転車もあるから、ウォーキングを始めた時点で足がつり始めた。遍路ころがしのようなアップダウンのコースで、足をマッサージしながらもどうにか完走したが、結構ヘロヘロである。

 

それでも「1時間以上の歩行は無理」と思っていたから小生にとっては自信になり、カミサンもうれしそうで「次は高尾山だね」。ま、どうにかクリアできるかもしれないが・・・

 

それにしてもウォーキングだけでカミサンの腹の脂肪が少なくなるとは思えない。そこで「ビールは2本にして、それ以上は焼酎にしたら」と提案したが、カミサンは焼酎はあまり好きではない。

 

ところがネットで調べたら「焼酎はほとんどカロリーゼロ」。「おい、喜べ、カロリーゼロだぜ!」と言ったとたんに夜勤明けのカミサンは「キャッ! ノンカロリーね!」。さっそく寝酒に焼酎のお湯割を飲みはじめた。

 

3ヶ月も経てば効果が出るだろうが、せっかく1時間半もウォーキングしたのに、帰りに寄ったダイエーの惣菜コーナーでカミサンはフライドチキンを買ってしまった。4つも買おうとしたから、とにかく一つだけにさせたが、体が高カロリーのものを求めてしまう。デブになるとますますデブになるのだろう。

 

ああ、放置すればアメリカ人のような「デブ・スパイラル」かと心配で、しばらくはカミサンは要チェックである。小生は夜中(といっても9時)に足がつって目覚め、お灸をしたが、見ればカミサンは韓流ドラマを見ながらちゃんと焼酎を飲んでいた。焼酎ダイエットがうまくいけばいいが・・・
 

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閑中忙の「創作」の楽しみ

2010/02/09 15:45

 

閑中忙の「創作」の楽しみ
平井修一

 

創作というか作文というか、文章を書いている(キーボードを打っている)と時間を忘れる。あっという間に数時間が経ってしまう。暇つぶしには最高だ。金もかからない。究極の安上がりの趣味か。

 

読書は、小生は結構気を張って読むから、せいぜいが午前1時間、午後2時間、合わせて3時間ぐらいしかできない。気力が持たない。机を前にして椅子に坐って読む習慣がなく、ソファーやマットに仰向けに寝転がって読むか、通勤電車の中で身に付いた「立ち読み」だから、3時間以上は本を支える腕力ももたないのだ。

 

その一方で創作していると没頭し、それ以外はほとんど忘れる。無我の境地になる。それでは困るから2個のキッチンタイマーで食事の支度をする時間などをセットしておく。たとえばこんな具合。

 

朝はタイマーはフル稼働である。7:00にカミサンを起こし、7:15に調理を始め、7:30に母を起こす。食後はデイサービスへ行く母の服装のチェックが8:30、9:00にはトイレへ行かせ、9:10には玄関先へ出て送迎バスを待つ。

 

洗濯と犬の散歩のあとは昼食をはさんで読書と昼寝。14:00からPC。15:00には母の部屋の暖房を入れ、15:30には洗濯物を取り込んでたたみ、夕食の準備にかかる。16:10には母を出迎えて、母の洗濯ものを籠へ。

 

17:30に夕食。18:00にそれを片付けたら、母の明日の食事と薬の準備をして今日はオシマイ。20:00就寝、3:00起床して創作する。

 

あっという間に5:00になり、ゴミを出して新聞を読みながら朝食をとっていれば7:00になるという、ほとんど判で押したようなデイリー・ルーティーン。

 

リタイア後のこの生活にはいささか飽きてきたが、この生活で唯一刺激的なのが創作である。駄文が多いが、時々、ぴたっと来る一文を書けるときがあり、読者も面白がってくれるだろうなあと期待するひと時は快感である。

 

「文字に関わった仕事に就きたいなあ」と24歳で思い、幸いにも30年以上、それで飯も食えた。締め切り商売でストレスから胃に穴が開いたのはしょうがないが、それでも思い残すことはない。やるべきことはやった。

 

今夜も深夜に目が覚めてシコシコとキーボードを打つのである。何を書くことになるのかは、そのときの気分しだいで、一寸先が白紙というのも、まあスリリングか。読者が「おっ!」というものを書けたら至福で、反応もまたそれぞれだから、そのスリルというか緊張を楽しんでいる。
 

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茨城空港の「絶望と悪夢」

2010/02/08 07:23

 

茨城空港の「絶望と悪夢」
平井修一

 

最後の地方空港と言われる茨城空港は、自衛隊百里飛行場との共用のため建設コストは通常の半額だというが220億円である。3月11日に開港するものの、仏作って魂入れず、器はできても飛行機が飛んでこないのだからどうしようもない。

 

アトラクションのないテーマパークみたいなもので、まるでハウステンボスだ。営業すればするほど赤字が累積する。茨城県民のオモチャだな、笑うほかない。

 

就航が決まっているのは韓国アシアナ航空のソウル線と、スカイマーク航空の神戸線だけ。茨城から神戸へ行く人はまれで、伊丹に入りたかったのだろうが発着枠がとれずに神戸になったのだろう。

 

定期便以外に旅行シーズンにはチャーター便を飛ばすようだが、市場が小さいものだからコストはべらぼうに高く、GWの3泊4日のグアムが16~24万円! 成田から行ったほうがはるかに安いのではないか。

 

茨城県の航空需要予測は悪い冗談というほかない。就航想定路線は北海道・大阪・福岡・沖縄で、開港時は年81万人だという。夢を見るのは勝手だが、現実との何という乖離! 1日あたり往復で600人が利用しても年22万だから4分の1の需要しかない。閑古鳥が鳴くからテナントも入らないだろう。ビジネスモデルが完全に破綻している、開港前から!

 

1日往復4便とはいえ最低限の地上職員やらCIQ(税関、出入国管理、検疫)の要員も置かなければならないからすさまじいほどの高コストになる。1日も早く閉鎖するほうが県民・国民のためである。

 

茨城県は開港を控えて「応援メッセージ」を募集している。

 

<2010年3月11日、いよいよ茨城空港が開港します。


世界とつながる、新しい玄関の誕生です。

 

そこで、開港を迎える皆様の思いを込めた応援メッセージを募集します。

 

「ぐっと身近になった韓国、何度も行きたいです」「初めての海外旅行、ドキドキします」「世界中の人に茨城に来て欲しい」「はじめて乗る飛行機が楽しみです」などなど、
 

茨城空港への期待や夢をお寄せ下さい>

 

悲しいくらいの能天気。はしゃいでいる場合ではないだろう、「期待や夢」どころか「絶望と悪夢」で、ここは県知事以下が青ざめる場面なのだ。いかに損失を抑えて撤収するか、県議会の重要議題にすべきである。

 

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我が家の「ギョーザ」

2010/02/07 19:22

 

我が家の「ギョーザ」
平井修一

 

娘にとって実家である我が家は「リトリート」である。retreat: 隠れ家、避難所。

 

旦那が「いかにダメか」を言い立てて、それを聞いてくれる母親がいる。それでガス抜きができるから、精神衛生上、嫁さんが実家に時々帰るのは多分いいことだろう。「里帰り」といったが、これも死語になりそうだ。

 

小生はまさか娘とそんなおしゃべりはしない。娘とカミサンのやり取りを少々耳にするくらいで、もっぱら料理など家事に専念している。

 

娘が帰ってくるときは「何が食べたい? 何でもつくるよ」と言うが、圧倒的な支持を得ているのが餃子である。ジイジの手作り餃子。

 

以前は皮まで作っていたが、費用(労力)対効果から、今は皮は買っている。が、中身はしっかり手作りだ。

 

合挽き肉、茹で白菜、にら、ねぎ、しょうが、にんにく、干し椎茸、調味料、塩、胡椒、ごま油、砂糖、醤油でマッタリとつくる。干し椎茸、砂糖、醤油は一般には使わないから、まあ、これが隠し味。娘はこれらの素材を「餃子のタネ」と呼んでいる。

 

タネを手早く包んで、ホットプレートできつね色に焼いたところで熱湯を注いで蒸し、水分を飛ばしてチリチリした熱々のをいただく。うまい!

 

娘が旦那と遊びに来たときは一緒に食べてもらうが、娘が(孫つきながら)一人で来た時は「餃子のタネ」と皮を持たせて夕方には帰らせる。タネを皮に包んでしまうと時間とともにベチャベチャになってしまうから「包むのは食べる直前にしなよ、またお出で」と帰らせるのだ。

 

もう一泊したいという娘のケツを叩いて、帰宅させる。ジイジのつくったおいしい餃子が間にあれば夫婦の中も回復しやすいだろう。

 

料理というか食事は、もしかしたら家族、一族のもっとも大事な「絆」かもしれない。娘からカミサンの携帯へ「パパから早く帰れって言われた、餃子おいしかった、旦那と仲直りしたよ」とメールがあった。

 

そういえば日中餃子事件はどうなったのかな。絆にならなかったのは、まあ幸いか。

 

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「17才」の元祖アイドルも56歳

2010/02/07 03:18

 

「17才」の元祖アイドルも56歳
平井修一

 

被写体に手を出さないのが写真家の暗黙の了解事項だろうが、篠山紀信は「17才」で鮮烈デビューした元祖アイドル、シンシア・南沙織を嫁さんにした。嫌な奴である。

 

紀信のメインの仕事はヌード撮影のようで、スケベと言っては露骨だから「おいろけ」を売っている。「おいろけ」あるいは「エロ」はソープデリヘリ、キャバクラ・・・ビデオ、出版まで壮大な「ピンク産業」を構成しており、本能に基づくニーズがあるから不滅である。昔オイラン、今ホステス。

 

3万円で生身の、3000円でバーチャルの美女を抱ける。操(みさお)は死語で、「100万円なら・・・考えちゃう」と我がカミサンが言うから、貞淑な人でも100万円で転ぶ、100万円でダメなら1000万円でどうだ、それとも月極め1500万円の7年契約12億円ならどうだ、となれば、小生もカミサンばかりか娘、孫、母、犬まで売りそうである。穴おそろし!

 

紀信は69歳の今でも孫のような女を撮っているが、なにやら女を売買する女衒(ぜげん、死語)のような印象を覚える。斯界(死語)の第一人者とみなされても、多分、敬意を表されることは少ないのではないか。

 

官能小説というジャンルがあって、小学生時代から週刊新潮の「黒い報告書」を愛読していた小生はずいぶんとリビドー(死語)に振り回されたが、この世界の第一人者は「あたし○○なんです」の告白調文体を発明した宇能鴻一郎と、「おさな妻」で一世を風靡した富島健夫だった。それでも敬意を表されることはこれまた少ないだろう。

 

戒名で「好色院淫乱勃起居士」なんてつけられたらたまらないから、エロ・風俗系の作家は結構内心、忸怩(じくじ、死語)たる思いでいるのではないか。堅気の商売ではないから多分子供はまともに育つことは少ないだろう。

 

こう不景気ではなかなかいい職に就くことは難しいだろうが、「後ろ指を差される」(死語)仕事だけは避けたほうがいい。履歴書に書けやしない。

 

シンシアも今年で56歳になるが、3人の子供はうまく育っているのだろうか。亭主が公然わいせつ罪で書類送検されたそうだが、女の裸で稼ぐ亭主と、その稼ぎで暮らす生活をどう思っているのだろうか。往年のアイドルが不幸なら、往年のファンは悲しい。

 

 

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知慮浅薄または心神耗弱 ニュース記事に関連したブログ

2010/02/06 04:28

 

知慮浅薄または心神耗弱
平井修一

 

小生はいかにも胡散臭い顔をしているから、詐欺師にはなれない。詐欺師は「信用」を売っているのである。

 

「この人なら大丈夫、任せて安心、元本保証」という信用こそが詐欺師の真髄だから、小生のようないい加減な男は天地がひっくり返っても詐欺師にはなれない。

 

だって「儲かるかどうかは分からないし、ビジネスは博打みたいなものだし、元本をなくすなんてしょっちゅうあることだけど、どう、夢に賭けてみない?」と言うのだから、宝くじレベルのお誘いで、詐欺ではないだろう。

 

詐欺に引っかかって虎の子をパーにした話は絶えない。「信じていたのに7000万円がパーになった」なんて泣き言を言う。お前がパーだったのだ。自業自得。

 

自業自得だからここは諦めるしかない。金は天下の回り物で、詐取された7000万円はどぶに捨てられたわけではなく、世の中で有効に使われたのだろうと納得するしかないわな。諦めが肝心。

 

投資話に乗る人は、そもそもが博打好きなのだろう、二回も三回も騙されるのではないか。前の失敗を取り戻したい、なんて、再び三度詐欺に遭う人が多そうだ。小生が被害が少なかったのは、ただただ原資が少なかったからで被害者を笑えはしないが、原資があればそれだけ被害額は上昇するだろう。パチンコに1万円を投じる人、10万円を投じる人。政治に億円を投じてもシランプリンス。いろいろだが、パーはパーである。頭も収支もパー。

 

詐欺師は、本人も詐欺とは思っていないのではないか。「このスキームは絶対に成功する」という熱い思いがなければ堅気衆から100万、1000万、1億をふんだくることはできないだろう。次世代通信、緑の林業、和牛育成、えび養殖など実にまことらしいスキームを作るものである。

 

世の中がよくなるというスキーム・マニフェスト民主党が天下を取った。容共左派が操縦席を占拠したのである。「高速道路無料」と言っていたが、無料になるのは狸と熊しか徘徊しない過疎路線で、そもそもドライバーとニーズがないのだから経済効果なんてたかがしれている。ほとんど経済効果ゼロ

 

娘に聞くと「子育て手当て」は孫名義の預金に入れるという。ほとんど経済効果ゼロ

 

国民は詐欺にひっかかった。

 

自立できない生活保護者をばんばん増やし、究極的に日本中を「必要な人へ必要なものを」という一億派遣村・共産主義社会を目指すのが容共左派で、それができないことはソ連・東欧の崩壊、中共の“部分開国”で明らかなのに、詐欺師とその支持者は現実よりは共生やら友愛の夢を信じるから、「そんなはずじゃあなかった」「だまされた」と嘆くパーはあとを絶たないだろう。

 

ハトポッポを結局選んだ国民はJALに2兆円を詐取されるのだ。「豆が欲しいか、そらやるぞ、みんなで仲よく食べにこい」。ばらまき。「ダメ、絶対、ダム」と言った同じ大臣が言うのである。

 

刑法248条は未成年者への詐欺を戒めている。「知慮浅薄または心神耗弱」に乗じてだましてはいけないという。日本国民が小鳩を支持しているのはそれぞれの好き勝手だが、「こいつら未成年者並みのパーだなあ」と小生がつぶやくのも勝手だから、以上の悪口雑言、どうぞご寛恕を。

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寄せては返す波の音 ニュース記事に関連したブログ

2010/02/04 04:06

 

寄せては返す波の音
平井修一

 

羽毛布団にくるまってヌクヌクしていたら、「お前の人生はなんなのよ」と天の声が聞こえてきた。

 

全学連中核派の生き残りが、サラリーマンになり、起業し、今はリタイアして犬と散歩している。朝の散歩の帰りに八百屋にしばし立ち寄るが、いつもと違って午後に八百屋へ行ったら「あら、今日はワンちゃんは?」と言われてしまった。町内で「犬のおまわりさん」ならぬ「犬のおっさん」と言えば、どうも小生のようである。

 

忸怩たる人生。

 

がん闘病の機会に歴史を学びなおし、左から右へ極端にコペルニクス的転向をした「左翼更正派」だから、やり残したことは多い。容共左派を撲滅するどころか、政権を取らしてしまった。不本意である。

 

人生はおよそ不本意なもので、松蔭先生も西郷先生も自裁した。信長もそうで、その信長に遠慮して家康は我が子を殺した。秀吉は家康に滅ぼされた。明治の元勲、大久保も伊藤も殺された。

偉い人たちだって最後をノンビリと締めくくれないのだから凡夫の小生がそれを望むべくもないか。偉人も小民も人生は「それなりの忸怩、不本意、波瀾万丈」か。

 

トヨタは着実、こつこつ、平身低頭、韓信の股くぐり、塞翁が馬で、どうにか順風満帆でやってきたが、今は「それなりの忸怩、不本意、波瀾万丈」を免れ得ない。これは人生につきもののようで、静かにフェイズアウトする人生は最高の至福かもしれない。

 

90歳の母は健啖家で、柔らかく料理すれば何でも食べる。体は健康。頭はまだらボケだが、母にも悩みはあるのである。4泊5日のショートステイから帰宅すると、感極まって泣くのである、「ああ、家が一番」。

 

90年の人生で外泊はせいぜい温泉旅行くらいだから、4泊5日の外泊なんて初体験で、ほとんどショックだろう。ショック、刺激を与えないとボケるばかりだから、せっせとショートステイに行ってもらうようにしているが、ノンビリ、マッタリした晩年は90の母にとっても難しい。これが人生だろう。

 

ヌクヌクして「それでいいのだ」と達観できればいいが、それは「解脱」で凡人の及ぶ境地ではない。小生は人生の痛恨事を振り返り、詮方ないことを悔やみ、「やり残した」もろもろを懐古し、ほろ苦い想いを今夜も繰り返すのである。そう、人生の苦悩は「寄せては返す波の音」(夏彦翁)。

 

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「イの字を守りたい」 ニュース記事に関連したブログ

2010/01/30 09:00

 

「イの字を守りたい」
平井修一

 

鳩山総理の施政方針演説を聴こうとテレビをつけたら、最初の一言でぶったまげてしまった。「命を守りたい・・・」。ああ、いつものとおり、きれいな言葉を並べるだけで無内容というパターンだなとすぐにテレビを消したが、それにしても本質的に彼はサプライズである。常軌を逸している。

 

小学生や夢みる乙女が現代詩の朗読で「命を守りたい」というのは微笑ましいが、少なくとも還暦を過ぎた男が国の代表として国会演説で連発する言葉ではない。大人になるのを拒否した、あるいは大人になれないピーターパンみたいだ。ネバーランドへ行け、ネバーランドへ!

 

もしかしたら鳩山は「イの字を守りたい」を言いたかったのかもしれない。「イの字」とは、良識ある国民からデーはまだかと期待されているイチである。小沢一郎

 

今日本で彼ほど注目されている男はいない。民主党の大功労者であり、党内ではすっかり畏怖されており、触らぬイチに祟りなしと、誰も反旗を翻さない。イチはひたすら独裁者への道を突き進んでいる。

 

民主党には自浄作用がないから、イチの暴走を止められるのは世論と検察庁しかないという危うさだ。政界に彼がいる限り独裁政治の危険は去らない。志半ばにして逝ってもらわないと民主主義は窒息する。

 

一蓮托生でハトとともにイチを引き摺り下ろさなければ外国人参政権や人権擁護法で日本は中共の属国化する。漢民族は日本の津津浦浦に入植し、倭族自治区になりかねない。イチは人民解放軍の野戦司令官だと自称したが、チベット、ウィグル同様に日本を「解放」するつもりだろう。

 

今、日本は「民主連合政府」の状態にあり、容共左派が跋扈している。夏の参議院選挙でイチを勝たせたら民主独裁政権になる。日米の離反は進み、中共は欣喜雀躍して東アジア共同体、日中安保条約を進めてくるだろう。

 

ターゲットはイチである。イチを排除すれば民主党のタガがはずれて党内民主主義は回復するだろう。支持率をさらに引き摺り下ろして、イチでは選挙に勝てないことを彼自身に思い知らせ、辞任に追い込むしか我々に方策がないのが残念至極である。
 

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司馬遼曰く「女、寝るべし」 ニュース記事に関連したブログ

2010/01/30 04:05

 

司馬遼曰く「女、寝るべし」
平井修一

 

「俺は引きこもりだなあ」と思う。「ヒッキー」だ。町会の仕事はしているが、それ以外はコミュニティーともほとんど接触はない。接触が煩わしいのである。ビジネスでは仕方なしに嫌な客にもつきあってきたが、リタイアしたらそれからすっかり解放されて、今やすっかり「ヒッキー」だ。

 

社会とのつながりは辛うじてPCである。PCは「社会の窓だなあ」と思ったところで、そういえば小学生時代に「社会の窓」とは、ズボンの前とか、そのボタンあるいはチャックだったことを思い出した。もっぱら「社会の窓があいているよ」と相手に注意を促す言葉だった。

 

オシッコをしたりしてボタンをするのを忘れていると「社会の窓があいているよ」とやんわりと注意される。オチンチンは実は「社会の窓」なのである。単なる泌尿器ではなく、生殖器であり、かつ他者との交通(コミュニケーション)のツールなのだ。人は他者との交通、接触なしでは生きていけない。

 

小生は青春時代の1年間、プルーストの「失われたときを求めて」と“格闘”したが、そのときに指導してくれた先生はセックスという言葉を絶対使わず、必ず「生殖行為」と言っていた。くんずほぐれつ、上になったり下になったり、左右反転、天地入れ替え、松葉くずしが結果的に「生殖行為」かもしれないが、本人はタネを植えつけている意志はないのだから単なる「性行為」である。

 

「女、寝るべし」と猪口をかちりと伏せて酌婦、飯盛り女、娼妓を抱く場面が司馬遼太郎の作品にはいくつかあるように思うが、無口でひたすら飲んでいた男が急に「女、寝るべし」なんて言ったら、女はさぞかし恐ろしかっただろう。司馬は女を買ったことがないのだろうか、それなりの場数、経験、知見があればこんな言葉は出ない。「性行為」は、相手が一夜の娼婦、商売ではあれ、コミュニケーションであって、一方的な排泄ではない。「社会の窓」なのだ。

 

司馬遼太郎は半分好きだが、半分嫌いである。自虐史観に一点の曇りもない。人間はついぞ自分だけは見えないと夏彦翁は言っているが、司馬は大東亜戦争について自ら経験した「木」ばかりを見てついぞ「森」を見なかった、見えなかった、見たくなかった。ちょっぴり、あるいは大いに経験しても、本質を知ることとは別であるということを小生は嘆息しながら思い至ったものである。

 

「司馬史観」なんていうが、なーに、明治大好き、昭和大嫌いのようなもので、この博学碩学の知の巨人にしても自虐史観から逃れられなかったかと、左翼更正派の小生は他人事ではないが、ずいぶん残念に思う。

 

女は愛すべき対象で、便所ではない。敗戦は民族の悲劇で、自虐すべきものではない。「社会の窓」は左右に広く開けておいたほうがいいだろう。その方がよく見える。

 

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